天井の高い部屋の中央に置かれたテーブルを挟んで二人の男がカードゲームをプレイしている。
「私の百年貯蓄の力を破らぬ限りユーに勝利はありまセーン、モラトリアムボーイ!」
「オレはどんな状況におかれようと逃げぬいてみせるぜ、ペニス(敵の大ボスの名前)! …とはいえあの傲然とそびえる現世の金を前にバイト程度の社会に還元されない自己中心的な労働で手に入れた小金をしか持たないオレにいったい勝ち目はあるのか…」
「フフフ…どうしました、モラトリアムボーイ。早くその手札にある『就職活動中の戦士』を場に置いたらどうデスカ?」
「クッ! そこまで読まれているのか! 『就職活動中の戦士 パワー100/タフネス20』を攻撃表示で場に出すぜ!」
「(白々しく拍手して)お見事デス。就職活動は一に攻撃、二に攻撃……」
「さらに魔法カード『ポジティブシンキング』を戦士にエンチャントするぜ…これでもまだ戦士のパワーは500、ペニスの場にある『重役面接』を倒すには及ばない。だが、オレには切り札がある(自分の場に伏せて置かれたカードをちらりとみやる)…攻撃だ、ペニス!」
「Oh! 気がふれたとしか思えませんネー、モラトリアムボーイ。その戦士は重役連の餌食デース。早く楽になりたい気持ちはわかりマスガ、それは無謀すぎデス(おどけて肩をすくめてみせる)」
「(腕組みして自信ありげに睨んで)そいつはどうかな。『重役面接』が『就職活動中の戦士』をブロックするのに応じて罠カード発動だ!(テーブルのカードに手をかけてめくろうとする)」
「フ……ユーの切り札はずばり、『大学院進学』! ミーはさらにそれに応じて魔法カード『四年間の放蕩』を唱えマス!」
「な、なに!(四年間確たる目標も無しに遊びほうけた学生が就職活動にも大学院進学にも失敗し奈落の底へと転落していく光景が場に写し出される) クソッ、魔法カード『不況の波』だ!(重役連が場から一層される)」
「フフ、苦しまぎれデスネ。ユーの次のドローは『就職浪人中の戦士』デス!」
「…その通りだぜ、ペニス。『就職浪人中の戦士 パワー20/タフネス100』を守備表示だ」
「それではミーは『エリートサラリーマン パワー1000/タフネス2000』を攻撃表示デス。力の差は歴然としていマス。この攻撃でユーの二十数年の人生は粉々に砕け散るでショウ。降伏しなさい、モラトリムボーイ!」
「オレは最後まであきらめはしない! さらに『親戚縁者という重圧 パワー0/タフネス200』を守備表示するぜ。来い、ペニス!」
「愚かな、そんなクズモンスターをいくら積み重ねたところでまっとうに日本国の王道を歩む企業戦士の持つ社会的正当性をうち崩しはできません! 『エリートサラリーマン』攻撃デス!!」
「待っていたぜ、この瞬間を! 魔法カード『語学留学という言い訳』を親戚縁者にエンチャント! 親戚縁者への負い目というくびきから解き放たれた『就職浪人中の戦士』は、『洋行帰りの性病持ち』へと化身する!」
「しまった…! モラトリアムボーイはこのコンボを狙って『親戚縁者という重圧』を場に出したのか…!」
「覚悟はいいな…ペニス…『洋行帰りの性病持ち パワー2800/タフネス1500』の攻撃! 滅びの呪文――淋・梅・ヘルペス!(両手に顔をうずめるもの、天を仰いで嘆くもの、病院のベッドで痩せこけて横たわるものの三つの映像が空中で交錯する)」
「(直下からの爆風と光にあおられて)UWOOOOOO~~~!!」
「(険のとれた顔で)ペニス、ボク達の勝ちだ」
「(くぐもった声で)フフフ…それはどうでショウ」
「何ッ!」
「(積み上げた万札の壁の後ろから姿を現して)どんな哲学もどんな人生経験も積み上げた万札の前には説得力を失いマス。サラリーマンとは日本に住む万人が回帰すべき真なる安住の地…サラリーマンへと進化することで人類は暗闇を恐れなくなったのデス。(指をつきつけて)ユーの二十数年程度の人生はこの歴史的必然に歯向かう何を持っているというのデスカ!!」
「(がっくりと膝をついて)オレの負けだ、ペニス…明日からはしっかり就職活動するよ…そして一流とは言わないまでも、まァ二流の会社にかろうじて縁故で入社して不況時にはボーナスをカットされたりしながら娘息子に毛虫のように嫌われながら四十年間無難に勤めあげ定年後は夫婦の会話の無いことを苦に毎日を送りながらある日女房の側から一方的に離婚されたりして人類全体の運行には塵ほどもの影響を与えない意味性の極端に不自由した人生を堅実に消費していくことにするよ…」
「(優しく微笑んで)そうデス、それが人として生まれた幸せというものデス、モラトリアムボーイ」